眠りの森の花畑

 2008-05-21
選択

 今日はめまぐるしい日だったな。僕は思った。気がつけば知らない世界へ来てて、アルスイールに出会って、予言を聞かされて…クリアラと戦って…正確な予言の中身を知って…。僕たちはあの後クリアラと別れてアルスイールの部屋に戻った。アルスイールは憂い顔のままだ。それも無理のないことだ。お父さんを助けるか、自分がこの世界に留まるかの選択を求められている。きっとアルスイールのお父さんは助けてもらうことを望んではいない。でもアルスイールはお父さんを助けたいだろう。きっと病気を治してもらうことを望んでいないお父さんを助けるべきか、悩んでるんだ。
「サヤカ、疲れただろう?よくあのクリアラと対等に渡り合っていたな」
ふいにアルスイールに言われ、僕は首を横に振った。
「僕なら大丈夫だよ。クリアラ、強いね。あれ、絶対本気じゃなかったと思う」
僕がそう言うと、アルスイールもうなずいた。
「お前を侮っていたか、クリアラにも迷いがあったのか…」
そう言って紅茶のようなものをすすった。アルスイールの部屋は広くて、立派なテーブルと椅子があった。僕たちはそこに向かい合わせに座ってお茶をしている最中だ。僕もそれをすする。いい香りがして、口の中に果物の香りのようなものが広がる。微かに甘みのあるお茶だった。豪奢なポットのようなものにそのお茶は注がれ召使のような人が持ってきてくれた。カップは紅茶を飲むときに使うようなカップだった。でもそれはいかにも高級そうな彩色がほどこされている。花をあしらったような模様のカップだ。僕の世界で言うところのウィッドウェッジのような高級感がある。真ん中には見たこともないような果物や、クッキーのようなもの、ケーキのようなものが盛り付けてある。アルスイールが命令して整えられたお茶の場は、高級感溢れる、ごくごく普通の家に育った僕には手の届かないようなものだった。僕はその盛り付けられたお菓子を食べてみた。甘みはほどほどで、とても美味しかった。
「こちらのものはサヤカの口に合うか?」
アルスイールはそんな様子を見て言う。僕はうなずいた。
「うん。すごく美味しいよ」
そんな他愛のない会話を交わす。既に蒼い月は沈みかけ、日が昇ってきていた。不思議なことにその太陽は二つが重なり合うようなものだった。カーテン越しに優しい光を部屋の中にもたらしていた。おそらく僕がここに来たのは夜だった。もう数時間が経っているけどアルスイールは眠らなくて平気なんだろうか…。眠そうな様子は見えない。あんな話を聞いて、眠気も飛んでしまったのかもしれない。でも体を休めないと…と僕は思った。
「アルスイール、寝なくて平気なの?」
その問いに、アルスイールは微笑を浮かべた。
「私は平気だ。サヤカはどうなのだ?」
逆に聞かれて、僕は困った。僕がこの世界に迷い込んだとき、僕の世界はちょうど昼時だった。確かにそろそろ眠気に襲われていた。
「うん…実はちょっと眠たい」
それを聞くと、アルスイールは席を立つと僕に近づいてきた。
「慣れない世界で疲れるだろう。食事をして湯浴みをして休むか?」
そう問われて、僕はうなずいた。するとアルスイールは鈴のようなものを鳴らす。するとお呼びですか、と外から問われる。食事の支度をとアルスイールが言うと、かしこまりましたと返事がかえってきた。そう時間も経たないうちに部屋の扉をノックされた。
「入れ」
アルスイールが言うと、様々な料理を台に乗せてそれを押してくる召使が現れ、すばやくテーブルの上は食事の支度が整われた。お茶のときに用意してもらったお菓子や果物を中心に様々な料理が並べられる。その量もさることながら、とても綺麗な盛り付けがしてある。アルスイール側のテーブルと僕側のテーブルに対称的にそれらの料理が用意され、召使は頭を下げると言葉なく扉を出て行った。
「口に合うかはわからぬが…食べるといい」
アルスイールはそう言って再び席に着く。僕はうなずいて、料理に手をつけた。どれも味わったことのないような味だったがとても美味しかった。
「すごく美味しいよアルスイール」
僕が言うと、アルスイールは嬉しそうに笑みを浮かべた。それにしても食事も自室でとは思わなかった。
「本当は客間で食事を取らせてやりたかったのだが…あまりお前を外には出したくないからな」
そんな僕の思いを察したのか否か、アルスイールはそう言った。
「湯浴みも手狭ではあるがこの部屋で出来る…本当は大きな浴槽があるが…構わないか?」
アルスイールに問いかけられ、僕はうなずいた。僕を外に出したくない気持ちはわかる。クリアラはわかってくれたけどまた狙われるかもしれない。アルスイールはきっとそれを心配してるんだろう。僕たちは二人で静かに食事をした。食事が終わると、再びアルスイールは鈴のようなものを鳴らす。すると、先ほどと同じように扉が叩かれ、アルスイールが入れと言うと召使が静かにそれらの食器を手早く片付け、扉の外へと出て行く。アルスイールはそれを見届けると、席を立ち僕の横に立った。
「サヤカ…こっちへ」
アルスイールに促されて僕は差し伸べられた手をとった。促されるままに部屋の奥へと連れて行かれて、お風呂場と思われる場所に連れて行かれた。
「全て用意は整っている。好きに使ってくれて構わない」
アルスイールはそう言うと、僕から離れていった。目の前にある扉を開けると、カーテンのようなものが天井から下がっていた。その中に入るとタオルや洋服の入った籠があり、そのカーテンの先には大きな浴槽が湯気を浮かべていた。どこが手狭…僕はそう思った。僕の家のお風呂よりもずっと広い空間、そして大きな浴槽。本当にアルスイールは王様なんだと実感させられる。僕は服を脱ぎ、その広い空間に入っていった。ほんのり暖かく、豪華とは少し違うが白い壁には様々なレリーフが描かれていて、おしゃれだった。大きな浴槽も普通の浴槽とは少し違う。まるで映画に出てくるようにかたどられた形。そのお湯はほんのりとピンクがかっていて、いい香りがした。僕はお湯を浴び、その浴槽に入った。ちょうどいい湯加減だ。腕を撫でると、さらりとしていた。それは僕の世界で言うところの温泉みたいなものだ。美肌の湯って感じな湯船に、僕はふうとため息をついた。本当に僕の世界とは違うんだな…改めてそう思う。こんな風に別世界に来たというのに、僕はあまり驚いていない。というかもう麻痺してるのかもしれない。僕は湯船から出ると、体と髪の毛を洗い、それを流して再び湯船につかる。そして今日あったことを振り返っていた。アルスイールから聞いた予言、クリアラに殺されそうになったときに何故か止まった剣先、蒼い眠りの花の妖精に聞いた話…。不思議なことが一杯だった。そう振り返って、僕は湯船から出ると柔らかなタオルで体を拭き、用意されていた服に着替える。用意されていた服はワンピースだった。ひらひらとレースのあしらわれた、膝丈くらいの長さのワンピース。…僕こんな服…着たことないんだけど…。こんな女らしい服に袖を通したことはない。たいていニットにGパンといったような格好だ。今日着ていた服もそういう服だった。なんか…こんな服着てアルスイールの前に出るの恥ずかしい…。とはいえ他に服はない。僕は仕方なくその服を着てお風呂場から出た。ベットの上でくつろぐアルスイールがふと僕に視線を向ける。
「可愛いじゃないか。あの異世界の服も趣があってよかったが…そういう服のほうが似合うぞ」
アルスイールはふと微笑みそんなことを言った。僕は風呂上りでただでさえ火照った体が更に火照るのを感じた。こちらへとアルスイールに手を差し伸べられて僕はアルスイールのくつろぐベットに近づいた。アルスイールは僕の手をとるとぐいっと引っ張った。油断していた僕はそのままアルスイールの胸へと倒れこんだ。アルスイールはそんな僕を抱きすくめると、唇をふさいだ。さっきまでのキスとは違う、激しい口付け。僕は抵抗したけどアルスイールにしっかりと抱きすくめられていてそれを振りほどくことはできなかった。
「サヤカ…」
甘く、優しげな低い声が僕の名前を囁く。僕は始めての経験に頭の中はパニック状態だった。それでも、その声に僕は抵抗できなかった。そんな僕にアルスイールは微笑みかける。
「これ以上は…せぬよ…約束だからな…」
アルスイールはそう言って僕をベットにきちんと寝かせてくれた。
「ゆっくりおやすみ…サヤカ…」
そう言ってアルスイールは僕の額にキスをした。僕は安心した。そしてそのまま、深い眠りに落ちた。
 目が覚めると、隣でアルスイールが昨日とは違う服で静かに寝息を立てていた。僕は驚いて思わず起き上がる。するとそのせいかアルスイールが目を開いた。
「ゆっくり休めたか?」
心地いい声でアルスイールはそう問いかける。僕はうんうんとうなずいた。
「ごめん。起こしちゃった?」
そう問いかけるとアルスイールはいや、と首を横に振る。太陽は既に高々と上がっているようだ。部屋の中は太陽の光で満ちていた。アルスイールは体を起こし、僕の額にキスをする。僕は真っ赤になっていた。アルスイールはそんな様子の僕を楽しそうに見て、嫌か?と問う。
「え…や…嫌じゃ…ないけど…こんなの経験ないし…その…」
僕はうまく言葉に出来なかった。アルスイールは可愛いやつだと僕を抱きしめる。何この甘い展開…なんかもうどうしたらいいのかわからないよ。僕は抱きしめられるまま俯いた。そうしていると、突然扉が開かれた。
「どうするか決まったか?」
入ってくるなりそう問いかけるのはクリアラだった。僕は慌ててアルスイールから離れた。
「おっとお楽しみの最中だったかな?」
にやにやと笑いながら言うクリアラにアルスイールはいや、と首を横に振った。
「下世話な言い方だなクリアラ…私たちは今目が覚めたところだ…」
少し乱れた黒髪を手ですくいあげるようにしながら、不機嫌そうにアルスイールは言った。全くなんてことを言ってくれるんだクリアラは…。
「ははは、すまんね。で、どうするか決めたのか?」
軽くそれを受け流してクリアラは再度問う。そんなすぐに決められるようなことじゃないのに…何言ってんだこいつはと僕は思った。慎重に考えないといけないことなんじゃないの?
「クリアラ、デリカシー無いな。ああいうことはそう簡単に決められるようなもんじゃないじゃんか」
むっとしたように僕が言うと、クリアラは少し表情をかたくした。そしてクリアラは僕に近づくと言い含めるように言う。
「だからだよ。サヤカ。この選択はこの国に関わることだ。慎重に考えるべきことでもあるけど、早いうちに決断してもらわないといけないような話だ。実際サヤカ、俺とアルスイールとお前の三人であの予言を聞いたけど、俺の父君は話を聞いてはくれなかったんだ。ただ、お前を殺せと言われてきたんだぞ。知っての上での命令かもしれない」
その言葉を聞いてアルスイールはピクリと眉をひそめた。
「まだそのようなことを…?」
クリアラの言葉に、アルスイールは言った。
「俺としてはお前たちの決断に沿うべきだとは思う。ただ俺の立場も考えて欲しいってことさ。俺だってこんなお嬢ちゃんを殺すのは気が進まないがそれが命令とあれば…」
クリアラはそこまで言って僕を見た。殺さざるをえないんだという目で僕を見る。僕はぞくっとした。その冷たい目は、本気だということを表している。
「王直接の命令だ。サヤカに手を出すことは私が許さない」
アルスイールは言った。クリアラは困ったようにアルスイールを見る。
「王のご命令とあらば…。しかし俺の父君にも同じことを命じてもらわないとな」
アルスイールはすっとベットから立ち上がると、紙とペンを持ってきてさらさらと何かを書いた。そして四角い判子のようなものを押した。
「これを父君に渡してくれ」
「サヤカに殺すことは王である私を殺すことと同じだと心得よ…か」
アルスイールの手からその書面をもらってクリアラは読み上げる。クリアラはその書面をくるくると丸めた。
「わかった。確かにこれはそんな短い時間で決断できるような問題じゃないからな。ちゃんと渡すとしよう」
すっとその書面を胸元に納めながらクリアラが言う。そうでなくても決断までの時間は短い。アルスイールの決断一つでこの国がどうなるかが決まると言っても過言じゃないんだろう。クリアラはきびすを返し扉から出ていった。アルスイールからため息がもれる。こんな選択、難しいに決まってる。僕はベットからぴょんと飛び降りるようにしてアルスイールに小走りで近づいた。そしてアルスイールをぎゅっと抱きしめる。アルスイールは驚いたような顔をした。
「サヤカ?」
僕は何を言ったらいいのかわからなかった。でも、アルスイールが悩んでるのはわかる。何か言ってあげたいと心では思うのに、ただ言葉無くアルスイールを抱きしめ、見上げることしか出来なかった。僕はそのときどんな表情をしていたんだろう。アルスイールは同じように僕を抱きしめる。僕の言えない言葉を、まるでわかってくれたようだった。言葉無く抱きしめあって、どれほどの時間が経ったかわからない。アルスイールは僕の顔を上げさせると、僕の唇をふさぐ。
「朝食にしよう。そして眠りの森の花畑まで馬を走らせよう」
アルスイールはそう言うと、夕べと同じように鈴のようなものを鳴らし、召使に朝食の準備をさせた。僕たちはその朝食を会話をするでもなく食べて着替えをすると、アルスイールに促されるまま部屋を出た。昨日クリアラと剣を交えた中庭に出て、更に廊下を進むと大きな広間のようなところに出た。僕は物珍しさに思わず見回した。高い天井に、上に続く螺旋階段のような階段があり、そのまま上がると二階、三階、四階、五階と続くようで、手すりのようなものが見える。天井全体が天窓のようになっていて、そこから日が降り注ぐ。夜になるとおそらく点くのであろうおしゃれな電気のようなものが階段沿いの壁にあって、その階ごとに扉がいくつも見える。一体いくつ部屋があるんだろうかと思う。ひとつひとつに丁寧に美しいレリーフが描かれていて、階段の手すりも豪奢な造りだ。その広間を突っ切るように歩くと、大きくてやはり美しいレリーフの描かれた扉があり、僕たちはその扉から表へと出た。表に出ると両側にやはり豪奢な手すりのようなものがあり、その向こうには花が綺麗に植えられている。どうやら玄関のようだ。正面には綺麗に整えられた芝が広がっていて、両側には花壇があり、色とりどりの花が競うように咲いている。その右側の花壇の脇に、石畳のような通路があり僕たちはその通路を歩いていった。通路沿いには木々が立ち並んでいてそれぞれに花を咲かせている。とにかく綺麗な花がそこらじゅうにあるというような感じだ。その先には大きな小屋のようなものがあって、その中から馬のいななきが聞こえてくる。どうやら馬小屋らしい。僕たちはその中に入っていった。中には何頭かの馬がいて、囲いの中で自由に動き回っている。その中に、ひときわ綺麗な白い馬がいた。僕たちが入っていくとその馬が近づいてきた。
「今日も元気そうだな」
アルスイールがそう言うとうなずくような仕草をする。アルスイールはその馬を囲いの中から出すと、乗馬の鞍を取り付けてその馬の上に乗った。
「サヤカ」
名前を呼ばれて、その手が差し伸べられる。僕がアルスイールの手を取ると、ぐいっと引き寄せられてアルスイールの前に座らせられた。アルスイールはなだめるように馬を優しく撫でる。
「眠りの森へ」
アルスイールが言うと、馬はひひ〜んと鳴き歩き始める。馬小屋を出て、木々の中を通っていくと大きな門があった。そこには門番のような人がいて、アルスイールの姿を見ると深々と頭を下げて門を開けた。
「サヤカ、しっかりとつかまっていてくれ」
アルスイールがそう言って手綱を引くと、馬は結構な速さで走り始める。辺りの景色が緑一色に感じる。しばらく走り、アルスイールが手綱を操ると今度はゆっくりと歩き始める。やがてその先に泉が見えた。僕たちは泉まで行くとアルスイールが馬を止め、馬から下りる。アルスイールは僕に両手を差し伸べると、抱きかかえるようにして僕を馬から下ろしてくれた。柔らかい草、あちこちに小さな可愛らしい花が咲いている。
「綺麗なところだね…」
僕がつぶやくように言うと、アルスイールはクスリと笑って気に入ったか?と聞いてくる。僕はうなずいて泉の中をのぞいた。泉はとても透明度が高くて、それなりに深いのに底のほうまで見える。すいすいと魚が泳いでる姿も見えた。アルスイールはそんな僕の傍らに来て、同じように泉の中を覗き込んだ。何も変わりはないな…とつぶやくように言って、僕の手を取る。
「サヤカ…こちらに…」
その手に引かれるままにその開けた泉の周りをぐるりと回るように歩いていき、更に森の奥のほうへと歩いていくといい香りがしてきた。あれ?この香りは…。
「アルスイール、この香り…眠りの花?」
僕が問いかけるとアルスイールはうなずいた。そして何かをつぶやく。それは僕にはわからない言葉だった。すると、何か薄いベールのようなものが僕たちを包み込むようにした。そのまま歩いていくと、それは綺麗な蒼い花畑が見えた。
「うわ〜〜すっごい綺麗!でもこれって眠りの花?僕が見た…花だ」
「そうだ。ここは私がサヤカを見つけた場所だ」
そう言って蒼く咲く花の中へと入っていく。
「アルスイール、危ないんじゃ…」
僕が言うと、アルスイールは微笑んだ。
「大丈夫だ。今は魔法の守りがある」
あたり一面蒼い花に囲まれた中、僕たちは立っている。確かに眠くならない。
「魔法?」
僕が言うとアルスイールはうなずいた。
「私は剣も使えるが魔法のほうが得意でな」
魔法…本当に御伽噺の中みたいだ…と僕は思った。今見える光景も、何もかもが僕の世界とは別世界だった。
「眠りの花の精よ…昨日の話をもう一度」
アルスイールがそう言うと、ふと優しく風が吹いた。まるで僕たちの周りを囲むように暖かな風が僕たちを包み込む。すると昨日聞いた声と同じ声が頭の中に響いてくる。
「アルスイール様…使者様…」
その姿は見えないが、確かにその声がした。
「月のないときは私たちの姿は見せられません…」
「それは構わない。それよりも昨日の話を聞きにきたのだ」
アルスイールはそう言って僕を抱き寄せる。
「父上を救い、我々が留まる術はないのか?」
僕ははっとした。アルスイールはずっとそのことを考えていたんだろう。でもその問いに答える声はない。ただ優しく風が吹くばかりだ。
「ないの?」
僕が急かすようにそう言うと、風はぴたりと止み、再度優しく僕たちを包み込むように吹いた。
「私たちに見えたのはそこまで…。あなた様方が消えるのが見えただけ…」
寂しげにも聞こえる声が頭の中に響いてくる。それは答えを示しているのかもしれないと僕は思った。僕たちはきっとアルスイールのお父さんを助けるんだ。そしてこの世界から消えるんだ。
「私たちはどこへ行くというのだ?」
再度アルスイールは問いかける。
「わかりません…私たちが見えたのはそこまで…」
そう声が響いてきたかと思ったら強い風が吹いた。僕たちは蒼い花びらに囲まれる。その中で見えたのは、誰かおじいさんの枕元に僕たちがいる姿。そしてその姿がふと消え去る姿…。これってもしかして…妖精の見た未来?僕がそう思ってアルスイールの顔を見上げると、アルスイールは悟ったような顔をしていた。きっと同じことを思ったんだろう。
「…わかった。ではさらばだ」
アルスイールはそう言うと、もと来た道をたどり始める。
「アルスイール?」
僕が言うと、アルスイールは僕を抱き上げた。
「見ての通りだ。私は父上を見捨てることなど…できない…」
そう苦しげにアルスイールは言った。
「力を…貸してくれるか?サヤカ」
僕は答える代わりに、アルスイールを抱きしめた。当たり前だよ…僕はアルスイールに僕のような思いをさせたくない…。お父さんの命を救えるのなら、いくらでも協力する。ありがとう…と囁くようなアルスイールの声が聞こえた。僕はきっとこのためにこの世界に来たんだ。アルスイールのお父さんの病気を治すために。その後僕たちがどこに行くかはわからないけど…そんなこと関係ない…僕は…アルスイールのためならなんだってできる。僕たちは再び泉まで戻った。もう日は暮れかけている。僕たちは来たときと同じように、馬に乗るとアルスイールの屋敷へと馬を走らせた。屋敷につく頃には、蒼い月が見え始めていた。本当に蒼い、蒼い月。僕たちの世界でも昔は月は蒼く見えてたって言うけど…こんなに蒼かったのかな?想像がつかないや。今僕たちの世界で見える月はオレンジがかった黄色い月。あの月が蒼く見えたなんて…きっとこんなに濃い蒼じゃなかったんだと思う。それくらいに蒼い。不思議だ。月がこんなに蒼いなんて…。僕のいた世界とは全然違う。
「サヤカ」
僕が物思いにふけっていると突然アルスイールから声をかけられて、僕はちょっと驚いてしまった。その様子にアルスイールは不思議そうな顔をする。
「どうかしたか?」
「あ…ううん。僕のいた世界とは随分違うな〜って思ってただけ」
そう言うと、アルスイールの表情が少し曇ったように見えた。
「どうしたの?」
僕が言うと、アルスイールは言おうか言うまいか悩むような様子を見せた。あ、もしかして僕がその世界に帰りたいって思ってるのかと思ってるのかな…。
「アルスイール、何か言おうと思ったんじゃないの?」
名前を呼ばれたことのほうに話を戻して言ってみた。するとアルスイールは少し表情を和らげた。
「そろそろ食事にしようかと思ったのだが…サヤカが元の世界に戻りたいと思ってるのではないかと…少し思ってしまった」
やっぱりそうだったんだ。僕は満面の笑みを浮かべて見せた。
「大丈夫だよ。僕、あの世界に未練ないから。そうだね、お昼食べてないし僕おなか空いたよ」
えへへと笑って言う僕に、アルスイールは寂しげな顔をした。あれ?なんでそんな寂しそうな顔するんだろう…。別にあの世界に未練ないって安心させたつもりだったのに…。何がひっかかったんだろう?
「本当に未練はないのか…?それも…寂しいものだな…」
あ…そっか…そうだよね…普通何かに未練があってもおかしくないもんね…。でもまだ一日くらいしか経ってないしなんか夢でも見てるような気分なんだよな…。それに帰っても…一人ぼっちで…きっと寂しい…そのほうが寂しい…。
「気にしないでよ、アルスイール。僕は大丈夫だから」
僕は出来るだけ明るくそう言った。アルスイールはそんな僕を抱き寄せた。
「すまないな、サヤカ。お前には負担ばかりかけているような気がする…」
「そんなことないよ!きっと…僕は向こうの世界に戻ったら余計に寂しいと思うんだ。だって誰もいない家に帰らないといけないんだもん。それにまだ一日くらいしか経ってないからなんだか夢の中にいるみたいな感じだから…夢…じゃないよね…」
抱き寄せられた感触、温もり、唇を重ねたときの感触…どれをとっても夢にしてはリアルすぎる。それに僕、キスされたのも初めてだからあんな感触知らない…夢であるはずがない…花の香りもわかるし、食事の味もわかるんだもん。これは紛れもなく現実だろう…。
「夢だとしたら…どうする?」
アルスイールにそう問われて、僕は思わず泣きそうになった。その顔を見てアルスイールは抱きしめる腕に力をこめた。
「すまない。おかしなことを聞いてしまったな…夢ではない…これは現実だ…サヤカ…お前の温もりも、この感触も、夢ではないと言っている。悪かった…部屋に戻って食事にしよう」
アルスイールはそう言って、馬小屋に馬を戻して僕の肩を抱き寄せた。そして外に出たときと同じように石畳のような通路を通り、玄関の大きな扉を開けて広間のようなところを通り過ぎ、中庭へと続く廊下を歩いた。その廊下で、待っていたかのようにクリアラが僕たちのほうを向いて立っていた。
「遅かったな。一体どこまで出かけてたんだ。俺にも一声かけてくれよ」
クリアラは少し非難するように言った。きっとアルスイールを守る役割にあるから心配してたんだ。
「すまないな。眠りの森まで行っていた」
アルスイールがそう言うと、クリアラの眉がぴくりと動いた。
「一体何しに行ってたんだ」
「昨日の予言の…確認をしてきた」
アルスイールはまっすぐにクリアラを見て言った。クリアラはやっぱりそうか…と納得するような表情をした。
「今日の夕食は一緒に取らせてもらえないか?俺にも話を聞かせてくれ」
クリアラがそう言うとアルスイールはうなずき、僕とクリアラを促すようにアルスイールの部屋へと行った。扉を開け、部屋に入ると夕食の支度はすまされていた。
「なんだ…もとよりそのつもりであそこで待っていたのか…」
その様子を見てアルスイールは言った。
「まだ冷めてないだろう。お前が出かけたって聞いたからさっき用意させたばかりだ。おそらく…例のことで出かけてるんだろうと思ってね」
そうクリアラは言うと、さっさと席に座った。アルスイールはため息をつき席につく。僕もそれに習って昨日と同じ椅子に座った。そうして食事を始めたが特に会話もなく、黙々と食べていた。僕には少し空気が重く感じた。食事のあまり進まない僕を見て、クリアラはため息をついた。
「悪いなサヤカ。何から話したらいいかわからないんだ」
クリアラの言葉に、それはそうだろうと僕は思った。どんな答えが出たとしてもアルスイールかアルスイールのお父さんはいなくなる。それは当然聞きにくいだろう。僕は頑張ってその食事を進める。
「大丈夫だよクリアラ。僕もなんとなくその気持ちはわかるから」
そう言ってパクパクと食事を食べる。アルスイールの出した答え…それはお父さんを助けること。アルスイールはここにいなくなる。きっとクリアラもそんな予感がしてるんだろう。だから一緒に食事をしようなんて言ったんだろうなと僕は思った。何故最初から予言の全部を聞かせなかったのか…そして何故僕を殺そうとしているのか…それを考えればわかる。きっと、アルスイールは僕と一緒にどこかに消えてしまうんだ。その予言を…変えるために殺されそうになって、そしてあそこまでしか予言は聞かされてなかったんだ。なんとなくそんな気がする。
「で、アルスイール。何を聞いてきた?」
やっとクリアラが話を切り出してきた。
「…父上の病気を治した上で私たちが消えずにすむ術を」
アルスイールは少し迷ったようにしてからそう言った。クリアラはやっぱりという顔をした。
「まあそんなことだろうと思ったよ」
そう言ってクリアラは食事を口にする。
「予言の、様子を見せてもらってきた」
その言葉に、クリアラは少し驚いたようだった。
「様子?」
「ああ…見せてもらったというよりは見せられたと言った方が正確だがな」
クリアラの言葉にアルスイールが答える。クリアラは僕のほうを見た。その顔は本当か?と聞いているように見えた。僕はうなずく。
「僕たちはアルスイールのお父さんを治して、その場から消えるところを…見たよ」
その言葉でクリアラは全てを悟ったようだった。
「やっぱりそっちの選択肢をとったか」
クリアラが言うと、アルスイールはうなずいた。
「私がいなくなっても父上が元気になれば王の座は父上に戻るだろう。何も問題はない」
「お前はそれでここに未練は残らないのか?」
あ…と僕は思った。そうださっきの問いかけは…僕に対して問われたものだけど、きっと自分に対してでもあったんだ…。
「私たちが消えるところまでしか見えていない。その後、私たちがどうなるのかはわからない。その上で、サヤカは納得してくれたのだ」
アルスイールは何かを含むようにそう言った。その含まれたものが何か、それは僕にはわからなかったけどクリアラにはわかったみたいだ。クリアラは納得したようにうなずいた。
「王の決めたことであれば…俺は従うまでだ…」
少し寂しげにも聞こえる声だった。クリアラはアルスイールがいなくなるの、嫌なんだな…。そりゃそうか…クリアラにとって幼馴染で、王様なんだもんね。クリアラは席を立つと僕に近づき、僕の頭を軽く撫でた。僕はそのことに驚いて思わずクリアラを見上げた。
「お前にも辛い思いをさせてるな」
クリアラの言葉に僕は首を横に振った。
「別に僕はいいんだ。死にそうになったんだ。今更、何も怖くないよ」
胸元の少し開いた服の端から、傷跡が見えたのだろう。クリアラはそっとそれを服で隠すようにしてくれた。
「お前自身も傷ついたのか」
クリアラのその言葉にアルスイールは驚いた顔をした。もう痛くはない。ただ、事故の様子をまざまざと思い出させるだけの傷跡…。アルスイールは僕のところまで来て、僕の服を引っ張る。
「ちょ…アルスイール?!」
肩から背中にかけての酷い傷跡。おそらくそれを見たんだろう。アルスイールは苦しげな顔をした。
「こんな酷い怪我を負っていたのか…」
アルスイールは眠りの花畑で聞いたような、僕にはわからない言葉を唱えた。しかしその傷跡が消えることはなかったようだ。アルスイールは申し訳なさそうな顔をした。クリアラも首を横に振っていた。
「既に治った傷を…消すことはかなわぬか…そのときに私がいればこんな傷を残すことなく治すことができたものを…」
悔しげなアルスイールの声が僕の頭の上から聞こえて、そっと傷を隠すように服を直してくれた。僕は背中に手を回した。こんな傷、見られたくなかったな…。肩から背中にかけてはやけどでただれたようになっていて、胸元は切り傷の跡がある。
「顔じゃなくってよかったな」
クリアラはそう言うと部屋を出て行った。アルスイールは僕の顔に優しく触れて、その手で髪をかきあげる。髪の毛に隠れていた傷跡があらわになって、アルスイールは顔をしかめた。
「気づかなかった…こんなところまで…傷があったのだな…」
「見ないで…こんな醜いところ…」
悲しげに言うアルスイールに僕は髪の毛でその傷跡を隠して言った。その言葉に、アルスイールは僕の傍らにしゃがみこむと髪の上からその傷跡の部分にキスをしてくれる。
「そのようなものは関係ない…」
アルスイールの言葉に、僕は泣きそうになった。事故の時のことを思い出してしまった。炎上する車。最初に助け出された僕は何とか助かったけど、後から助け出された父さんたちは…。僕のこの傷はそれをいつでも思い出させる。僕の様子を見て、アルスイールはすまないと言って僕の傍から離れた。僕も食事を終えて、テーブルから離れた。それを見てアルスイールは鈴を鳴らす。召使が食事を片付け、お茶の用意をしてくれた。温かなポット、そして綺麗に盛られたデザート。僕はそれに手をつけず、ベットに横になった。事故のことを思い出して少しナーバスになってしまった。そんな僕の横にアルスイールが座る。僕の頭を優しく何度も撫でてくれる。
「アルスイール…」
僕はそんなアルスイールのほうを見た。潤んだ目をしていたのだろう。僕の目に優しく口付ける。そして今度は僕の唇をふさぐ。一度離して、もう一度ふさがれる。今度は深い口付け…。僕はそれに答えるようにアルスイールの首に腕を回した。
「サヤカ…」
口元でアルスイールが囁く。これからどうなるかわからない…だったら…一度くらい全身でアルスイールを感じてみたい…僕はそんなことを思った。今度は僕のほうからキスをした。アルスイールはきっと驚いただろう。僕のほうからキスするのは初めてだ。アルスイールはそれが僕のOKサインだとわかってくれたみたいだ。深い口付けを何度も交わして…。カーテン越しの蒼い月だけがその様子を見ていた。
コメント
コメントありがと^^
頑張って続き書くね!!||壁||・x・)b
【2008/07/02 02:49】 | ひとみちゃんへ #- | [edit]
RIRYこと一美です 携帯でも小説見れるようになったさ〜 眠りの森の花畑面白かったよ でも途中で文章切れて最後まで読めなかった 次回作楽しみにしてるよ
【2008/06/23 22:59】 | RIRY_alt_str_e_339.gif_ #- | [edit]












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